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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)1479号 判決 1987年5月19日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

一  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

被告同旨。

第二  当事者双方の主張

(請求原因)

一  原告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)を所有している。

二  本件土地につき、被告のため別紙登記目録記載のとおりの根抵当権設定登記がなされている。

三  よって原告は被告に対し、所有権に基づき、右根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすことを求める。

(答弁)

請求原因事実は認める。

(抗弁)

一1(一) 訴外株式会社日昇(以下「訴外日昇」という)は、昭和五七年一二月一七日訴外株式会社南都銀行(以下「訴外銀行」という)から、金三〇〇万円を、利息は年八・一パーセントの割合とし、元金は昭和六〇年一二月一二日までに三六回に分割して支払う旨約して借受けた。

(二) 右借受けに際し、被告は、訴外日昇から昭和五七年一二月一一日右借受金債務についての信用保証の委託を受け、訴外銀行に対し、右訴外日昇の借受金債務を保証する旨約した。

2(一) 訴外日昇は、昭和五八年一一月一一日訴外銀行から、金二五〇〇万円を、利息は、年八パーセントの割合とし、元金は昭和六三年一一月九日までに六〇回に分割して支払う旨約して借受けた。

(二) 右借受けに際し、被告は、訴外日昇から昭和五八年一一月一〇日右借受金債務についての信用保証の委託を受け、訴外銀行に対し、右訴外日昇の借受金債務を保証する旨約した。

3(一) 訴外日昇は、昭和五九年二月二七日訴外銀行から、金一五〇〇万円を、利息は年七・八パーセントの割合とし、元金は昭和六四年三月九日までに六〇回に分割して支払う旨約して借受けた。

(二) 右借受けに際し、被告は、訴外日昇から昭和五九年二月二七日右借受金債務についての信用保証の委託を受け、訴外銀行に対し、右訴外日昇の借受金債務を保証する旨約した。

二1 昭和五八年ないし昭和五九年当時、原告は未成年者であり、その法定代理人は、原告の母で親権者である訴外吉岡節子(以下「訴外節子」という)であった。

2(一) 訴外節子は、昭和五八年一一月九日ころ被告との間で、原告の法定代理人として、前一項の訴外日昇の被告との間の保証委託取引に基づく被告に対する債務を担保するため、本件土地につき債権極度額を金三〇〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約を締結した。そして右契約に基づき原告主張の根抵当権設定登記がなされた。

(二) 次いで、昭和五九年二月二五日ころ、訴外節子は、被告との間で、原告の法定代理人として、右根抵当権の債権極度額を金四五〇〇万円に変更する旨の契約を締結した。そしてそれに基づき同月二五日右極度額変更の登記がなされた。

(抗弁に対する答弁)

一  抗弁一項の事実は知らない。

二1  抗弁二項1の事実は認める。

2  同項2の事実は否認する。

(再抗弁)

仮に訴外節子が原告の法定代理人として被告と根抵当権設定契約を締結したとしても、右契約は次のとおり無効である。

親権者は、未成年者たる本人の財産を保護すべき責任があり、その代理権は本人の利益のために行使すべき義務がある。そして親権者が右義務に違反してなした代理行為は、法定代理権の濫用であって無効である。

本件土地は、原告が所有する唯一の不動産であり、他方訴外日昇の債務は原告とは全く関係のないものであるから、訴外節子が原告の代理人としてなした根抵当権設定契約は、原告にとっては不利益なものである。したがって右根抵当権設定契約は、法定代理権を濫用してなされたもので無効である。

(再抗弁に対する答弁)

争う。

第三 証拠(省略)

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二1  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五、第八号証、証人吉岡泰四郎、同神田信男(第二回)の各証言によれば、

(一)  訴外日昇は昭和五七年一二月一七日訴外銀行から、金三〇〇万円を、利息は年八・一パーセントの割合とし、元金は昭和五八年一月から昭和六〇年三月まで毎月一二日限り金八万三〇〇〇円(但し最終回は金九万五〇〇〇円)宛三六回に分割して支払う旨約して借受けたこと、

(二)  右借受けに際し、被告は、昭和五七年一一月一一日に訴外日昇から信用保証の委託を受け、訴外銀行に対し、右訴外日昇の借受金債務を保証する旨約したこと

がそれぞれ認められる。

2  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六、第一〇号証、証人吉岡泰四郎、同神田信男(第二回)の各証言によれば、

(一)  訴外日昇は、昭和五八年一一月一一日訴外銀行から、金二五〇〇万円を、利息は年八パーセントの割合とし、元金は同年一二月から昭和六三年一一月まで毎月九日限り金四二万円(但し最終回は金二二万円)宛六〇回に分割して支払う旨約して借受けたこと、

(二)  右借受けに際し、被告は、訴外日昇から昭和五八年一一月一〇日に信用保証の委託を受け、訴外銀行に対し、右訴外日昇の借受金債務を保証する旨約したこと、がそれぞれ認められる。

3  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七、第一二号証、証人吉岡泰四郎、同神田信男(第二回)の各証言によれば、

(一)  訴外日昇は、昭和五九年二月二七日訴外銀行から、金一五〇〇万円を、利息は年七・八パーセントの割合とし、元金は同年四月から昭和六四年三月まで毎月九日限り金二五万円宛六〇回に分割して支払う旨約して借受けたこと、

(二)  右借受けに際し、被告は訴外日昇から昭和五九年二月二七日に信用保証の委託を受け、訴外銀行に対し、右訴外日昇の借受金債務を保証する旨約したこと

がそれぞれ認められる。

三1  抗弁二項1の事実は当事者間に争いはない。

2  成立に争いのない甲第一ないし第三号証、証人吉岡節子、同吉岡泰四郎の各証言及び弁論の全趣旨によれば、本件土地は、もと訴外吉岡彦右衛門(以下「訴外彦右衛門」という)の所有であり、訴外彦右衛門は、本件土地の外に土地建物を所有していたこと、訴外彦右衛門とその妻の訴外シズエとの間には、長男の訴外吉岡成晃(以下「訴外成晃」という)、次男の訴外吉岡泰四郎(以下「訴外泰四郎」という)外の子が居たこと、訴外成晃と訴外節子は夫婦であり、両名の間に長男の原告、長女の優子の二人の子が居たこと、訴外彦右衛門は昭和五一年六月九日に、訴外成晃は同年九月三日に、訴外シズエは昭和五二年一月九日にそれぞれ死亡したこと、訴外彦右衛門及び成晃の遺産については、訴外泰四郎が中心となって相続人間で協議がなされ、本件土地、訴外彦右衛門の住居やその敷地等は原告が承継し、アパートやその敷地等は訴外節子が承継する等を内容とする協議が成立したこと、訴外節子は、右協議に基づく登記手続を訴外泰四郎に依頼し、訴外泰四郎は、訴外節子の印章を作って大和高田市役所で印鑑登録をしていわゆる実印とし、これを使用して登記手続を代行したこと、訴外節子は、夫の訴外成晃が二人の子供を残して死亡したため、訴外泰四郎を頼りにし、前示アパートの管理を訴外泰四郎に委ね、又前示印章(実印)を一度は返還してもらったものの、その後訴外泰四郎に預けるなどしていたこと、又訴外泰四郎は、建設業を営む訴外日昇を経営し、その代表取締役であったことが認められる。

3  その存在の明らかな乙第一、第二号証、成立に争いのない乙第三号証、吉岡節子作成部分については証人吉岡節子、同吉村勝人の各証言により、訴外日昇作成部分については証人吉岡泰四郎の証言により、吉村勝人作成部分については証人吉村勝人の証言により、神田信男作成部分については証人神田信男の第一回証言によりそれぞれ真正に成立したものと認められる乙第四号証、証人吉岡節子、同吉岡泰四郎、同吉村勝人、同神田信男(第一、二回)の各証言及び弁論の全趣旨によれば

(一)  訴外日昇は、前示二項2認定の借入れ及び被告からの信用保証を受けるに際し、昭和五八年一〇月被告に対し、金七〇〇〇万円についての保証委託の申込をしたこと、これに対して被告は、不動産を担保として提供するよう求めたこと、訴外日昇の代表者である訴外泰四郎は、被告に対して、本件土地を担保として提供する旨申入れると共に本件土地は原告の所有であり、原告は未成年者であって訴外節子がその親権者である旨を伝えたこと、そこで被告は、訴外日昇の信用調査を始めると共に、訴外泰四郎に対し、訴外節子に直接逢って担保提供の意思を確認したい旨申し入れ、昭和五八年一〇月三一日被告の担当職員である訴外吉村勝人が、訴外節子の自宅へ赴き、訴外泰四郎夫婦と共に訴外節子と逢ったこと、そしてその場で、訴外泰四郎は、訴外節子に対し、訴外日昇の被告に対する債務の担保として不動産を提供してほしい旨依頼したこと、又訴外吉村勝人は、訴外節子に対して、自己の名刺を渡して被告の職員であることを明らかにしたうえ、不動産の表示欄に本件土地の表示が書き入れられ、訴外日昇が被告の保証により金融機関から資金の借入を行うにつき、将来発生する求償権等信用保証委託取引から発生する債務の担保として、債権極度額金八四〇〇万円を最高限度額として、本件土地につき根抵当権を設定することを承諾する旨を記載した担保差入証の用紙を示して、訴外日昇から被告に対し、訴外日昇が金融機関から資金を借入れるについて金七〇〇〇万円の保証委託の申込があり、訴外泰四郎からその担保として本件土地を提供する旨の申し入れがあることから本件土地に根抵当権を設定したい旨及び訴外日昇の申込どおり決定すれば、担保される債権の極度額は申込額の二割増の金八四〇〇万円となること等を告げて担保提供の意思を確認したこと、これに対し訴外節子は訴外日昇の被告に対する債務を担保するため本件土地に根抵当権を設定することを承諾し、前示担保差入証の担保提供者欄に住所氏名を自署したこと、その後前示二項2のとおり、訴外日昇が被告の信用保証により訴外銀行から金二五〇〇万円を借受けることとなったため、被告は、本件土地に設定する根抵当権の債権極度額を金三〇〇〇万円とすることとしたこと、そこで、訴外泰四郎が、根抵当権設定契約証書用紙の所定欄に訴外節子の住所、原告の親権者である旨及び訴外節子の氏名を記入し、その名下に前示訴外節子から預っていた印章(実印)を用いて押印し、その他の所定事項が記入された訴外日昇の被告との間の信用保証委託取引により発生する債務を担保するため本件土地に債権極度額を金三〇〇〇万円とする根抵当権を設定する旨を内容とする昭和五八年一一月九日付根抵当権設定契約証書を作成し、又訴外泰四郎の妻が、昭和五八年一一月九日前示印章(実印)によって訴外節子の印鑑登録証明書の交付を受け、これらの書類を被告に差し入れ、それによって、本件土地につき被告を権利者とする原告主張の根抵当権設定登記がなされたこと、

(二)  その後、訴外日昇は、前示二項2認定の借入れにつき、被告に対し保証委託の申込をしたこと、これにつき被告は、訴外泰四郎に対し、前示根抵当権の債権極度額を金三〇〇〇万円から金四五〇〇万円に増額する必要がある旨告げてその了解を得たこと、そして被告の担当職員である訴外神田信男が、昭和五九年二月二二日訴外節子に電話をかけ、訴外日昇から再度保証委託の申込があり、そのために本件土地の根抵当権の債権極度額を金三〇〇〇万円から金四五〇〇万円に増額する必要がある旨告げて債権極度額の増額についての承諾を求めたところ、訴外節子は、右増額を承諾する旨の返答をしたこと、そこで前示の訴外泰四郎が訴外節子から預っていた印章(実印)を使用して、原告の親権者であることを表示した訴外節子名義、被告宛昭和五九年二月二五日付の前示根抵当権の債権極度額を金三〇〇〇万円から金四五〇〇万円に増額するとの内容の根抵当権変動契約証書が作成され、これらの書類によって昭和五九年二月二五日本件土地につき債権極度額を金四五〇〇万円に増額する旨の根抵当権変更登記がなされたこと

以上の事実が認められ、右認定に反する証人吉岡泰四郎、同吉岡節子の各供述部分はたやすく採用しえず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

4 以上の事実によれば、訴外節子は、原告の親権者として、昭和五八年一〇月三一日に被告の担当職員の説明を聞いたうえ、訴外日昇の被告に対する債務を担保するため、本件土地に債権極度額金八四〇〇万円を最高限度として根抵当権を設定することを約し、次いで昭和五九年二月二二日に被告の担当職員に対し、根抵当権の債権極度額を金三〇〇〇万円から金四五〇〇万円に増額することを承諾したものであり、又訴外節子は、訴外泰四郎が右根抵当権の設定及び債権極度額の変更についての書類の作成や登記手続を代行することを許容していたものと推認される。

四 そこで原告の法定代理権濫用の主張につき判断するに、原告所有の本件土地につき、訴外日昇の債務を担保するため、根抵当権を設定することは、原告にとって不利益となることは明らかである、がしかし、単に本人たる未成年者に不利益となるとのことのみをもって、親権者が未成年者を代理してなした法律行為が法定代理権の濫用となり無効であるとは解しえない。よってこの点についての原告の主張は失当である。

五 以上により、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

奈良県大和高田市大字神楽字桑原四〇番壱

田  弐壱弐四平方メートル

登記目録

一 根抵当権設定登記

法務局    奈良地方法務局〓城支局

受付     昭和五八年壱壱月壱〇日、第弐五六七八号

原因     同年同月九日、根抵当権設定

極度額    金四五〇〇万円

(昭和五九年弐月弐五日受付第参八弐五号により変更)

債権の範囲  保証委託取引

債務者    大和高田市大字大谷六〇五番地

株式会社 日昇

根抵当権者  奈良市法〓町壱六参番地の弐

奈良県信用保証協会

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